大学入学まで |
1959年、徳島県小松島市にて5代続く漁師の家に長男として誕生。
漁師になる道よりも文学や歴史に興味があり大学教授を目指す。
父の「東大か京大どちらか一つの受験なら許す」という言葉に、目標を京大に絞る。
しかし中学から没頭していた陸上を高校でも継続し、勉強の時間がなかなか取れず。
高校3年12月、陸上の大会終了にともなってクラブを引退。
翌日から朝3時起きで受験勉強を過ごす。
無事京都大学の文学部へ入学を果たす。 |
不治の病を持つ青年を知る |
在学中、全治13ヶ月の事故にあう。
退院後も腰痛を抱えるが、入院と手術を決意。
この時20歳の青年に出会う。不治の病にも関わらず周囲の人々を笑わせる姿に「重病なのに、なぜあんなに明るいんだろう?」と考える。 |
価値観の変化 |
青年はすべてを受け入れ、彼のできることを精一杯しているのだと気付く。
「何をするのか」を重要視していた価値観が、「どう生きるか」が重要だと考えが変わり始める。
「成り得る最高の自分になること」を目標に生きる。
多くの人の自己実現を支援したいという思いが募っていく。 |
家庭教師時代 |
家庭教師をしていた際に「先生がいないとダメ」と言われるほどに成績を伸ばすことに成功。しかし「本当に自信がついて社会に通用する人になる」という意味では、本当の学力は先生がエネルギーを注ぐ押し付けの形ではつくものではないと感じる。
本当に子どもの力になるものは何かを考え始める。 |
教育業界へ |
自己実現を達成するために必要なものは何かを考えた末、「学ぶチカラ」だと結論付ける。
「学ぶチカラ」はいつ形成されるかと考えたところ、子どもの頃がもっとも伸びが良いと結論を出す。
教育関連会社に入社し、営業になる。「どうすればお客様に喜んでいただけるか」を基準にお客様のご意見や要望を取り入れ開発に要望を出すが、お客様の立場で考えると満足いくものにはならずもどかしい気持ちになることが増える。
ならば自分で作ろう!と一念発起して起業・独立。 |
研究に研究の日々 |
3年間、子どもが本当の学力を身に付けるには、どうするのが最良かを考え続ける。
今までの自分の人生、大学入試の為の勉強、大学在学中の研究、交通事故にあったこと、青年に出会ったこと、ドーマン博士の能力開発理論、モンテッソーリの幼児教育理論、脳の役割と発達の解明、その他いろいろなものとの出会いなどを凝縮し、学習システム「天神」を開発。
開発後はお客様のご意見やご要望を積極的に取り入れながら、改良に取り組んでいる。 |